| 大正4年4月 |
現在地において大枝辰次郎が、足踏式活版印刷機をもって吹田堂大枝印刷所を創業。 |
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| 昭和17年5月 |
企業整備令公布。数多くの業者が転廃業を余儀なくされた中で、幸いにも吹田市内で唯一の業者として存続を許される。 |
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| 昭和20年8月 |
強制疎開を命ぜられ、休園状態であった市立吹田幼稚園に工場を移転。
終戦を迎え旧建物に復帰。 |
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| 昭和28年3月 |
法人に改組。社名を大枝印刷株式会社とし、代表取締役社長に大枝朗就任。資本金80万円。 |
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| 昭和38年2月 |
工場新築(鉄筋2階建)。 |
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| 昭和39年10月 |
資本金を160万円に増資。 |
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| 昭和40年6月 |
大枝朗、西ドイツの印刷機械メーカー、ハイデルベルグ社で、印刷技術の研修を受ける。(1ドル360円の単一為替レート下) |
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| 昭和42年3月 |
平版印刷を始める。 |
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| 昭和42年6月 |
工場増築(3階建)。 |
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| 昭和53年3月 |
株式会社設立25周年を迎える。 |
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| 昭和53年7月 |
本社新築完成(鉄筋4階建)。これを記念して、社屋前に《時計と、この年4月に吹田市民の木として指定を受けた、くすの木》を配した。 |
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| 昭和56年2月 |
試験的ながらコンピュータを使い始める。 |
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| 昭和56年5月 |
大枝正人、ハイデルベルグ社で印刷技術の研修を受ける。 |
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| 昭和58年4月 |
資本金を350万円に増資。 |
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| 昭和62年5月 |
代表取締役社長に大枝正人就任。 |
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| 昭和62年6月 |
電算写植組版システム導入。 |
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| 平成1年11月 |
吹田ケーブルテレビジョン株式会社の創業に伴い出資。 |
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| 平成2年4月 |
活字から電算写植に全面移行を発表。 |
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| 平成2年6月 |
創業以来墨守してきた活版印刷に訣別。 |
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| 平成3年7月 |
資本金を700万円に増資。 |
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| 平成5年7月 |
セコム株式会社に警備を委託。 |
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| 平成7年1月 |
阪神淡路大震災(活字版と訣別していた幸運を喜ぶ)。 |
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| 平成7年3月 |
資本金を1,000万円に増資。 |
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| 平成8年4月 |
創業80年を迎える。 |
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| 平成8年5月 |
工場改築。前壁面に《絵画など》の展示をはじめる。 |
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| 平成9年4月 |
インターネットホームページ関連業務開始。
ホームページ開設、oeda.com取得。 |
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| 平成13年11月 |
時間割システム開発事業開始。 |
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| 平成15年3月 |
株式会社設立50周年を迎える。 |
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| 平成15年9月 |
インターネット管理システム事業開始。 |
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| 平成15年9月 |
エコアクション21パイロット事業参加。 |
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| 平成16年3月 |
エコアクション21認証取得。 |
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| 平成17年3月 |
個人情報保護基本方針策定。 |
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| 平成18年11月 |
プライバシーマーク(A190641(01))取得。 |
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| 平成18年12月 |
個人情報流出を防ぐシステム「ProTexSystem」を開発(特願2006-329276出願中)。
「Viva! Venture吹田2006」において「ProTexSystem」が優秀賞受賞。 |
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| 平成19年4月 |
ProTexSystem採用の名簿CD第1号を関西在の私立大学様の校友会名簿として納入。 |
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